ぐっちゃぐちゃのケツ

思ったことを書きます。

【短編小説】上を向けなかった人

秋。秋だ。
 
公園での散歩帰りに、ふと落ち葉が紅に染まっているのを見、秋が来ていることに気づいた。そういえばテレビでも、そろそろモミジが見ごろだと言っていたような気がする。もうそんな時期になってしまったのか……。よし、今期はいつか京都にでも行くことにしよう。
 
そんなことを考える。下を向きながら。
 
さて、なぜ下を向きながら、なのか。
 
それは、上を向けないからである。スマートフォンをいじりすぎたのか何なのかは知らないが、今年の春、突然上を向けなくなってしまった。本当に、理由がわからない。
 
初日はひどく焦った。しかし理由もわからないのに解決できるはずがなかった。
二日目は病院に行った。医者によるとスマートフォンの見過ぎではないか、とのことだった。
三日目はできうる限りのストレッチをした。変わりはしなかった。
 
今となってはなにも対処する気になれない。何をしたって変わらないのだ。ずっと下を向いて生きていくしかないのだ。一生このままでいるしかないのだ。
 
このように、身体につられて心までも常に下向きになってきているのだが、これでもましになった方なのである。これまでは常に死のう死のうと考えていた。


以前、たまたま立ち寄った居酒屋で幼少の頃からの友人に出会った時なんかは、特に酷かった。上を向けなくなった旨を、久々に会う友人に毒々しい言葉で呪詛のように長々と伝え続けた。そんな様子を見ても、優しい友人は明らかに心配した様子でそんな悲観的になることないよ、と励ましてくれていた。とても優しい。こんな友人を持って、幸せ者だな、と思わざるを得ない。


この友人とはとても長い付き合いになる。生まれた病院から幼小中高大、すべてが同じである。しかもずっと仲良くしてくれているのだ。こんな偏屈な奴と。ありがたい話だ。
そして、なるべく、そんな大切な友人が言っているように悲観的でいないよう気を付けたいとも思っている。
 
しかし、もう何度も何度も様々な治療をしてきたのだから、それで治っていないのだから、諦めるほかに気持ちを落ち着かせる方法などない。悲観的にならざるを得ないのだ。しかも上を向けなくなってから半年が経とうとしている。この頃は、本当に諦めるしかないと思うには充分なほど瀬戸際まで追い詰められてきていた。希望のあるほうに思考が働かなくなってしまっていた。
 
そしてそんな様を見ていた友人は、強くこう言った。
 
「まだ工藤さんが諦めなければ治る方法だってあるはず」
その目は真剣そのものだった。
 
「いいや、充分に様々な治療を試したのだから、もうないぞ」
「そんなことないです。必ず、ある」
 
友人は、あると言って譲らなかった。どれだけ言っても、ある、ある、と延々言ってきかなかった。ビールを次々に飲み下し、少しへべれけになりながらも、友人は治療法をあきらめるなと力説した。そしてついには、こう言ったのだ。
 
「治らなくて不安なら、任せてください」
 
と。
何をそんな世迷言を。と思った。友人のその発言には少し生きる元気が出るが、任せたとて何も解決しないのが現実である。しかしまあ、友人なりに盛り上げようとしてくれたのであろう意図を汲んで、不安だから任せたよ、と言い、手に持っていたウーロン茶をすすった。


結局、友人があそこまで熱心に希望を見出させようとしていた理由は、わからなかった。あるとしか答えてくれなかった。だが、まだ治療法はあるとひたすら言い続ける頑固な友人のおかげで、少し楽になれた気分であったのも事実である。
 
そうして前向きになった。……一時だけ。
 
そう、一度悲観的になってしまったものは簡単には戻らなかった。一生懸命励ましてくれた友人には申し訳ないが、一生戻ることはないのだという考えは、根本的には覆されなかった。ああ本当に、どうしてこんなことになってしまったんだ。
 
 
さて、どれだけ落ち込んだところで、心の痛みは変わらない。話を元に戻そう。
 
秋だ。
 
実をいうと、去年までは落ちたモミジなど見たことがなかった。わざわざ見に行かなくとも、テレビで鮮やかなモミジたちを観ることはできた。それよりなにより、外ではスマートフォンを何とはなしに見続けていた。それが理由だ。これまでは、秋のモミジに喜ぶ子供の声を聞きながら、SNSを触るだけの毎日を延々と送っていた。堕落した人間のようだ。
そんな風に春夏秋冬を過ごし、四季などもはや空想上の産物に感じられるほど、四季から離れた生活をしていた。仕事も忙しく、景色の移ろいを感じている余裕すらなかった。娯楽は全てスマートフォンの中にのみあった。忙しく動かなければならない世の中で、暇さえあれば下を向き情報の詰まった不思議な四角いものをいじくっているような人間に、四季を感じることなどできなかったのだ。
 
それが今では。
 
見られない空に思いを馳せることで必死になり、スマートフォンは見なくなった。空を思い浮かべるために小説をよく読むようになった。今の娯楽は小説だ。
そして、上が向けないがゆえに満足のいく姿勢で観られないテレビを、そこまで観なくなった。音がないと落ち着かない性分のため一応つけてはいるが、聞き流している。


そうしてこのような生活を送り、半強制的にメディアから離れた結果、モミジの葉が落ちていることにすら素早く気付けるようになった。ひたすらに憤慨していた最初とは違い、上を向けなくなったことで得られるものもある。そう思えるようにもなった。
先述の通り、相も変わらず悲観的ではあるのだが、少し前向きになれたと言ってもいいのではなかろうか。いやはや、これはなかなかの進歩だ。思考の努力をほめたたえたい。
 
これはもしや、お前はその四角いものを見すぎだという、神からの罰なのではないか。このままスマートフォンを見ない生活を続けていれば、きっとまた上を見られる生活を送ることができるのではないか。
そんなことも頭にはよぎったが、神だっていろんな人を見ているのだから一人だけに罰を与えるのはコスパが悪いだろうということで思考を完結させ、考えないようにした。一人一人に罰を与えていけるほど、神も暇ではないだろう。そもそも、神がそこまでやってくれるほど目立った人間でもないのだから。
 
そうしてあるのかないのか、どちらかといえばない寄りの曖昧なことを考え、ひたすら下を見ながら歩く。
 
そういえば、上を向けないようになってからは、歩くのにもいちいち神経をすり減らしている。上を向けないということは、まあ極端に言えば常に歩きスマホの状態なのだ。何の情報も得られない、歩きスマホである。なんと無意味なことか。無意味なうえ外を歩くのにとても不便であり、非常に不快である。


しかしこうなってしまったからには受け入れていくしかあるまい。と自分を奮い立たせて外を歩いている。常に歩きスマホの状態である現在では、これまで以上に様々な物事に気を付けなければならない。
 
例えば、前からの車、散歩中の犬(人懐っこいともっと良くない)、降ってくる鳥の糞、そして歩きスマホ、など。
 
気を付けなければならない事象が多すぎて嫌になる。ああ、上さえ見ることができたなら。何度そう思ったことか。上を見ることができないだけで、いちいちいろんなことに神経質になって何も手につかないような生活を送っている。なんと情けないことだろうか。スマートフォンはポケットの中で震えるが、こんな状態でSNSなんてものをしたら最後、事故を起こすか肩に鳥の糞が付くかでたまったもんじゃない。だからこそスマートフォンを見なくなったというのもある。きっと考え始めれば、今スマートフォンを見なくなった理由は山のようにある。それほどまでに、上を向けないというのはスマートフォンを使う人間にとって痛手であるのだ。
 
そうこうしているうちに、自宅へたどり着いた。今日も気を張り続け、とても疲れた。しかし一人暮らしの身には、ねぎらってくれる存在などはいない。実家に戻ってもねぎらってくれる存在はいない。こんな時に家まで来てくれるような友人も、いない。かなしいことだ。
 
鍵を開け、靴を脱ぎ、下を向きながらリビングのソファに腰を下ろす。横になる。座っていると首に負担がかかるのだ。立っている間ずっと下を向いている人間に重力がかかると、ほとんどの場合、身体の休息がなくなってしまうのである。
 
「あぁ、いつまでこんなことを続けなければならないのか」
 
何とはなしに独りごちる。こんな風になってからは、一人で家にいるだけで悲観的になってしまう。ため息。何故か徹底して上が向けない身体になってしまったため、仰向けになることすらできない。横になってうずくまり、自分の膝を抱える生活。いつまで、いつまで、いつまでこんな惨めな気持ちになり続けなければならないのだろう。
 
そんな思考が堂々巡りをしている内、いつの間にか眠ってしまった。
 
そして、こんな夢を見た。
 
そこは雲の上。あたり一面が真っ白の、世界だった。
 
そこでは、夢の中だからだろうか、上を見ることができた。少し嬉しく思って見上げると、なぜか、治療法はまだあると言い張っていた友人が、太陽のように輝きを放ちながらこちらへ降りてきた。
 
「工藤さん。上を向けないの、治ったね」
そう言って目を細め、完璧なアルカイックスマイルを顔に浮かべる友人。
 
「どういうことだ?確かに上を向ける。しかしこれは……」
 
「理解ができない?」
 
「そう、そうだ。理解ができない、追いつかない。突然すぎる」
そう言って困惑している様子を、友人は変わらぬ表情で見つめ続けている。そしてこんなことを言った。
 
「神様にお願いしたんだ」
「は?」
 
「驚かないでね。……実はね、今年の春に、神様にお願いしたんだよ。工藤さんが上を向けないようにしてくれ、って」
「神様、に……?」
 
友人はくるっと後ろを向き、こちらとは逆方向へ歩き始めた。それを追いかけたかったが、足が動かなかった。いや、最初から足は動かせなかったのかもしれない。
 
やがて、友人は振り返った。
 
そして、まくしたてられているのかと思うほどの早口でつらつらと語り始めた。
 
「工藤さんは幼少期、すごく良い人だった。いじめられていた人を、身を挺してでも守ろうとするような、良い人だった。でも成長するにつれてひねくれ、挙句の果てにはスマートフォンにすらとらわれた。寝ているとき以外はほとんどスマートフォンを触っていたじゃあないか。そんなのはいけないなって思ったんだ。ちょっとした雑談をしたいだけなのに、下を向いてその四角いのを延々と触って、返事すらまともにしやしない。だから友人が少なくなっていくんじゃないのか。毎日毎日家でも外でも下を向いてスマートフォンを触り、大して反応してくれないSNS上の友人に語り掛け、案の定無反応で肩を落として眠る。そんな生活で、生きていて楽しいのか。こっちに振り向いてすらくれない工藤さんを見ていて、そう思った。だから、スマートフォンのない生活も楽しいぞって、そんなにスマートフォンが好きならずっと下を向いてSNSしてりゃいいんだと思って、ちょっとしたいたずら心と、懲りてほしいなって思いで、『一年間ほど工藤さんに上を向けなくしてください』って神様に言ったんだ。そしたらかなえてくれた。嬉しかった。これでもしかしたら改心して、工藤さんも話を聞いてくれるようになるかもしれないってわくわくした。でも工藤さんは日に日に悲観的になっていった。いつもなら軽く笑い飛ばしてくれそうなことにもいちいちため息をつくし、工藤さん自身のことにも、もう戻らないとかって弱音を吐き続けるようになった。どれだけ訂正して、治るよって言っても半信半疑だった。そんなの工藤さんじゃないんだよ。僕は弱くなった工藤さんを見たくなかったんだ。もっと、もっと楽観的で優しくて冷静で頼もしいのが工藤さんなんだ。幼少期に見た工藤さんはとっても勇敢だった。あの頃の工藤さん、じゃなくてもいい、ただ、工藤さんが悲観的じゃ、ダメなんだ。ずっと冷静で落ち着いて話を聞いてくれて的確なアドバイスをくれる、そんな工藤さんじゃないと、ダメなんだ!悲観的な工藤さんじゃ、ダメなんだ……。だから、神様に言って、工藤さんを元に戻してもらったんだ。信仰している神様が優しくて本当に良かった。神様に愛されていて本当に良かった。すぐお願いを聞いてくれたんだよ。ね、だから、この夢が覚めても、ずっと上を向けるんだよ。だから、話を聞いてよ。だから、悲観的にならないでよ。ね」
 
友人の声は震えていた。
 
友人は必死だったようだが、こちらとしては非常に不愉快だった。友人の自分勝手な理由で、上を向けなく、空を拝めなくなっていたのが。話を聞いてほしい、たったそれだけの理由で、この身に不便を強いていたのが。ああ、本当に気持ちが悪い。それならそれで、まず直接言ってきたらよかったのに。神に頼むほど、それほど、融通の利かない人間だと思われていたのだろうか。信じていたのに、もう信じられない。こんな奴が友人だったなんて。
 
ただただ迷惑な話だと思い、気づいた時には表情をゆがめ、不快感をあらわにしてしまっていた。
 
そして、その表情を見た友人は、目を見開き、思い切り息を吸い込み、今まで聞いたことがないような声で、叫んだ。
 
 
「あああああああああ!!!」
 
 
嫌われた、だの、ごめんなさい、だの、叫んでいた。自分の言ったことやしてしまったことに対する懺悔なのだろうか。のたうち回って、自らの喉元をひっかき、叫び声を絞り出していた。しばらくすると、友人は、真っ白い雲の上を紅に染め上げた。息も絶え絶えになり、やっとのことで出したであろう小さな声で、謝罪の言葉を述べ立て続けている。うまく聞き取れなかったが、多分そのような言葉を述べ立てているのだろう。でなければ人間として軽蔑する。ここまで人を追いやっておいて。
 
ああ、治療法は必ずまだある、と言って気分を楽にしてくれた友人は、いつの間にか気分を不快にしてきた『かたまり』になってしまった。
 
どうしてこうなってしまったんだろうか。
そう考えながら、口から紅を吐き横たわる『かたまり』を、ずっと、ずっと、眺めていた。
 
暗転。
 
目を開けると、朝になっていた。半日ほど寝ていたのかもしれない。強烈な夢だったのだから仕方のないこと、なのだろう。もううっすらとしか覚えていないが、なんだかんだえげつない内容の夢だった気がする。まあ、しょせんは夢なのだから日常に変わりはないと思っている節もある。そんな思考を脳の隅に置き、にんまりと笑い、天井を見上げ、伸びをする。
 
広い窓を開け、心地のいい風が入ってくるのを感じる。今日もいい朝だ。隣の家の庭では、モミジが綺麗な紅に染まっていた。ああ、もう秋なのか。どうりでいい気分なわけだ。
 
「起きたの?それじゃあ朝ごはんにしようか」
 
後ろから友人が、もとい、愛すべき配偶者が声をかけてくる。友人とは幼少の頃からの付き合いで、家族間の仲も良かったから何も障害なく結婚することができた。今日もとても愛らしい様子でキッチンに立ってくれている。
 
「工藤さん、ほら、座って座って!」にこやかに席へ促してくる。相変わらず強引だ。こっちは寝起きだってのに。……まあ、そんなところを好きになったんだけれど。そんなことを思いながら席に着く。
「ありがとう。しかし、工藤さん、だなんて他人行儀だな。いつもみたいに、ラフにあだ名で呼んでくれよ」
「えへへ、まだ、慣れなくて……そうだね、いおちゃん」
少し頬を染めながら呼ぶその姿は、最高にかわいらしかった。まるで天使のような柔らかな微笑みをその顔に湛えていて、今すぐにでも抱きしめたいほどだ。
 
「今日の朝ご飯はなにかな~」
「卵焼きと、ウインナーと、ご飯だよ!」
満面の笑顔で返答してくれる愛しい人は、そう言ってキッチンからリビングへとことこ歩いてきた。そして、隣に座ってきた。その様はかわいらしく、本当にこの人と結婚してよかったという気持ちを再確認することができた。
 
「それじゃあ食べようか」
「うん!あ、でもね、いおちゃん、一個だけ言いたいことがあるんだ!」
そう言ってこちらに向き直り、愛しい人は再び満面の笑顔になる。
「どうした?」
 
一呼吸おいて、愛しい人は大きな大きな声でこう言った。
 
 
「いおちゃんとずっと一緒にいたいって、神様にお願いしてよかった!」
 
 
そう言ってはしゃぐ姿は、とても愛らしかった。